認知症の人の法律行為は無効になり相続税対策は事実上不可能
被相続人が残念ながら家族信託を利用する前に認知症になってしまった。
この場合、基本的に相続税対策はもうできないと思ったほうがいいです。
なぜなら認知症の人の法律行為は無効になるからです。
被相続人が認知症になると、以下のような行為ができなくなったり、あるいは無効となります。
- 引越しができない
- 遺言書を書いても無効
- 不動産の賃貸や売買ができない
- 契約書を交わすような買い物ができない
- 預金が凍結される(お金を引き出せなくなる)
認知症になると【意思能力のない者】として扱われます。
そして、意思能力のない人の契約行為などは無効もしくは取り消せます。
ただ、認知症の方の財産は全てその方の財産であることに変わりはありません。
なので身内であろうとも、認知症の方の承諾なしに財産を自由にすることはできません。
相続税対策として財産を生前に贈与したい、あるいは処分したい。
そのようなことは一切できません。
仮に身内が勝手にそのようなことをしたとしても無効になります。
認知症になった後の相続対策は無効になる
このことは覚えておきましょう。
具体的には以下のような相続税対策に関係する行為ができません。
- 養子縁組
- 生前贈与
- 不動産の賃貸
- 不動産の売却や購入
- 不動産の修繕やリノベーション
- 遺言書の作成
- 生命保険の加入
- 生産緑地の解除や農地転用
- 議決権の行使(株主の場合)
これらはどれも相続税対策において、必要不可欠といってもいいものです。
被相続人が生前に認知症になったら、相続税対策が事実上できなくなるということは必ず押さえておきましょう。
そして家族信託を利用する前に被相続人が認知症になった場合には、成年後見制度を利用することになります。
成年後見制度とは保護者を付けるような制度
成年後見制度とは簡単に言ってしまえば、認知症や知的障がいの方に「保護者(成年後見人等)を付けるような制度」です。
認知症や知的障がいの方は預貯金の入出金や施設などの契約手続などをご自身でできません。
成年後見人の方が認知症や知的障がいの方の代わりに、これらの手続きなどをする制度です。
ただ、認知症や知的障がいの方でも、以下のように度合いというものがあります。
- 完全に全てのことに対して判断が不可能
- 日常生活には基本的に問題ないが、重要な契約の際にはサポートが必要
この度合い(判断能力の違い)によって、成年後見の制度は以下の3種類があります。
- 成年後見
- 保佐
- 補助
成年後見では、完全に全てのことに対して判断が不可能である方を成年後見人がサポートします。
保佐は日常生活には基本的に問題ないが、以下のような重要な契約の際にサポートが必要な方を保佐人がサポートします。
- 訴訟
- 不動産の売買
- 住宅リフォーム
- 高額な商品の購入
補助は、ほぼ判断をご自身でできるような、保佐よりも軽い方を補助人がサポートします。
なお、保佐と補助の違いは医師が判断します。
また、成年後見人等が必要かどうかは、家庭裁判所が医師の診断書に基づいて判断します。
成年後見人には契約を取り消す権限がある
成年後見人には認知症の方の手続きを代行するだけでなく、契約などを取り消すこともできます。
例えば、認知症の方が数十万円もするような高級家具を購入する契約をしてしまった。
あるいは高額なリフォームの契約をしてしまった。
このような場合に成年後見人はその契約を取り消すことができます。
また、既に代金を支払っている場合には、その代金の返金を請求することもできます。
ちなみに保佐人や補助人も契約を取り消すことができます。
成年後見人になれる人
成年後見人は「家庭裁判所が選任」します。
成年後見人になるための資格は必要ありません。
そして身内がなれるのであれば、身内が成年後見人になることも珍しくありません。
ただ、
- 家族や身内が誰もいない
- 親族間で揉めている
等の理由により、家族が成年後見になれない場合もあります。
このような場合や財産(概ね1,000万円以上)を持っている方の場合、弁護士等の専門職の方が成年後見人に選ばれる傾向があります。
また、財産の管理は弁護士等の専門職、身の回りの世話は親族等と複数の成年後見人が選任される場合もあります。
家庭裁判所は、家族の事情等を考慮して成年後見人を選任します。
ちなみに最近の成年後見人の7割は、家族以外の専門職の方がなっていると言われています。
任意後見は成年後見人を指定できるが監督する人がつく
任意後見とは自分で「あらかじめ自分の後見人を決めておく制度」です。
自分が認知症などにより判断能力が低下したら、あらかじめ決めておいた人が後見人になります。
任意後見を利用するためには、公正証書で後見人を指定する契約を作成する必要があります。
また、その任意後見人にどこまで任せるか等も決められます。
後見人と同じように、任意後見人になるための資格はありません。
なので、誰でも指定することが可能です。
信頼できる人に事前に任意後見を指定できるので便利と思いますが、この任意後見は「任意後見監督人というチェックする人」がつきます。
任意後見人がする手続きやお金の出し入れを、任意後見監督人が「全てチェック」します。
ちなみに任意後見監督人は家庭裁判所が選任しチェックする人なので、親族ではなく弁護士等の専門家が選ばれることが多いようです。
任意後見人がでたらめなことをしていないかチェックしてもらえるので、安心という側面はあるのですが、以下のようなデメリットがあります。
- 弁護士等の専門家が監督人の場合、報酬を支払う必要がある
- 任意後見監督人の意向によって、望んでいたことができなくなる可能性が発生する
これらのことも踏まえて、任意後見を利用するかどうかを検討しましょう。
後見人であることを証明する方法
成年後見人が各種の手続をする際、証明書が必要となってきます。
この成年後見人の証明書は「法務局で取得」することができます。
ただ注意点としては、成年後見に関する証明書は県庁所在地の法務局でしか取得できません。
それが面倒な場合は、郵送で受付をしましょう。
郵送の受付は東京の法務局で全国対応しています。
役所や銀行の窓口で手続きをする時などは、成年後見の証明書と身分証明書が必要となってきます。
忘れないように注意しましょう。
動画で解説
認知症になったら相続税対策は不可能ということについて、税理士法人・都心綜合会計事務所の税理士・田中順子が解説しています。
字幕が付いておりますので、音を出さなくてもご視聴できます。
動画内容
今回は認知症になったら相続税対策は不可能となり、成年後見人の選任が必要になるということについてお話を致します。
認知症は老後の大きな心配ごとの1つですが、相続税対策においても大きな問題となります。
相続税対策といえば生前贈与や遺言書の作成、不動産の賃貸、生命保険の加入、養子縁組などがありますが、こうした対策は認知症になってしまうと事実上できなくなってしまいます。
このことから認知症になってしまったあとの相続対策は「ほぼできない」ものと考えておいた方がよいでしょう。
そして、ご家族が認知症になってしまったら成年後見制度という公的な制度を利用することになります。
成年後見制度とは簡単にいうと認知症や知的障がいの方に保護者をつけるような制度です。
成年後見人として選ばれた人は、本人の代わりに銀行での手続きや契約の手続きなどを行い生活をサポートします。
本人の判断能力に応じて成年後見、補佐、補助の3段階があり、最も判断能力が乏しい方は成年後見人のサポートを受けますが、日常生活に問題がない方は一定の重要な事項に限って、保佐人や補助人のサポートを受けます。
成年後見制度では法律行為の代行だけではなく、認知症の方などが行った契約を後から取り消すこともできます。
これにより騙されて財産を奪われるような被害を防ぐことができます。
成年後見人は家庭裁判所が選任します。
親族の方が選ばれるケースのほか、弁護士など専門家が選ばれるケースもあります。
専門家が選ばれやすくなるケースとしては、親族間でもめている場合や、認知症になってしまった方の財産が多い場合などです。
認知症になってしまった後は成年後見制度を利用するしかありませんが、もし認知症になる前に備えるのであれば任意後見という制度もあります。
任意後見とは認知症になる前に、あらかじめ後見人になる人を自分で決めておく制度です。
信頼できる人を自分で選べる点や、どのようなことを任せたいかを自分で決められる点にメリットがあります。
さらに任意後見人は、本人が認知症になってしまったことをいいことに不正をしていないかどうか、任意後見監督人からチェックを受けます。
不正防止をしてもらえることは安心ではありますが、任意後見監督人は弁護士など専門家が選ばれることが多く、この場合、報酬の支払いが生じるというデメリットがあります。
成年後見制度や任意後見制度は信頼できる制度ではありますが、制約が多く公的機関への報告なども必要となるため手軽な制度ではありません。
認知症対策を行うのであれば家族信託の活用が非常に有効です。
家族信託も任意後見と同じく認知症になる前にしかできない対策ですが、家族間の契約であるため比較的柔軟に財産の運用などを決めることができます。
認知症は誰にでも起こり得ることです。
自分だけは大丈夫と思わずに、ご家族のために対策されることをおすすめします。