
相続税を安くしようと、多額の借金をして不動産を購入する節税手法は世間でよく知られています。しかし、目の前の節税効果に気を取られると、残された家族が重い返済に苦しむ「相続破産」に陥る危険性が潜んでいます。相続対策の本来の目的は、決して税金を減らすことだけではありません。大切な家族が安心して生活できるように、無理な借金がもたらすリスクを正しく理解しておきましょう。
相続税そのものを減らすことには成功しても、多額の借金返済に行き詰まってしまうケースが後を絶ちません。
結果として、実質的な破産状態に陥ってしまうご家族もいらっしゃいます。

当事務所では「相続税対策イコール節税対策」とは考えていません。
残されたご家族のその後の生活設計までしっかりと見据えてこそ、初めて正しい相続対策だと言えます。
特に、銀行から多額のお金を借りてアパートなどを建築し、遺産の大半が不動産ばかりになってしまうと、節税破産のリスクは一気に跳ね上がります。

手元にある預貯金を活用して不動産を購入し、賃貸経営を行う手法は、節税効果の面から見れば確かに有効な手段です。
現金を不動産に換えることで、相続税を計算する際の「財産の評価額」を大きく下げることができるからです。
相続税を計算するとき、土地は「路線価」や「倍率方式」、建物は「固定資産税評価額」という基準で評価されます。
一般的に、これらの評価額は実際の市場価格(売買価格)の約7割から8割程度に設定されています。
さらに、その不動産を他人に貸すことで「貸家建付地」や「借家権」としての割引が適用されます。
わかりやすい例を挙げると、現金1億円をそのまま相続した場合は、当然ながら1億円という額に対して税金が計算されます。
しかし、同じ1億円を使って賃貸アパートを建築した場合、相続税の計算上は4,000万円から6,000万円程度(約半分)まで価値が圧縮されることが多いのです。
これほどまでに劇的な節税効果があるからこそ、多くの方が安易にアパート建築の提案に乗ってしまいます。
なお、2024年よりタワーマンションや一般的な分譲マンションなどの一部の不動産では、相続税の評価ルールが厳格化されました。
しかし、自分の土地に建てるような一棟アパートにはこのルールは適用されません。
そのため、アパート建築による評価額の圧縮効果は今も大きく、かえって安易な建築提案に乗ってしまう危険性があります。
ただし、ご高齢になってから「亡くなる直前の駆け込み」で無理なアパート建築を行うのは大変危険です。
行き過ぎた節税目的とみなされ、税務署から評価額の割引を認められないケースも近年増えているため注意が必要です。
日本の相続税は、財産の全てを国に持っていかれるような100%の税率ではありません。
そのため、一度の相続が発生しただけで資産が完全にゼロになってしまう事態は、基本的には非常に稀です。

一方で、借金の場合はどうでしょうか。
借金は、もしアパート経営などの事業に失敗して資産をすべて失ってしまったとしても、返済の義務だけは重く残り続けます。
さらに近年は金利が上昇傾向にあります。
変動金利で多額の借金をした場合、将来金利が上がって毎月の返済額が跳ね上がり、破産を早めるリスクも忘れてはいけません。
相続対策を検討する際は、税金によって財産が少し減ることよりも、多額の借金を背負うことの方がはるかに恐ろしいリスクであることを忘れないでください。

現在、日本の相続税の最高税率は55%に設定されています。
これは世界の主要国と比較してみても、非常に高い水準と言えます。
この「最高税率55%」という数字のインパクトが強すぎるため、とにかく何をしてでも節税しなければと思い込んでしまう方が多いのかもしれません。

しかし、代々しっかりと資産を残している家系の中には、過度な節税対策を一切行っていないという方も少なくありません。
その逆に、節税に執着しすぎて無理なアパート建築などに手を出した結果、相続後の生活が苦しくなってしまった方も大勢いらっしゃいます。
これこそが、まさに節税破産の現実なのです。
ここで、少し冷静になって具体的な計算をしてみましょう。
仮に1億円の資産があり、相続税が約1,000万円かかるとします。
特別な対策を何もしなかったとしても、税金を払えば借金ゼロ、手元には現金9,000万円が確実に残ります。
ここで、税金を減らす目的で新たに1億円の借金をし、手持ちの資金と合わせて高額な賃貸アパートを建築したとしましょう。
不動産に変えたことで評価額が下がり、相続税自体は数十万円に抑えられるかもしれません。
しかし、手元に残る現金は激減し、それに加えて1億円もの重い負債を抱え込むことになってしまいます。
もしその賃貸アパートに空室が目立ち、予定していた家賃収入が減ってしまったら、あっという間に返済が行き詰まります。
約1,000万円の税金を浮かすために、1億円もの借金リスクを背負う価値が本当にあるのか、よく考える必要があるでしょう。
税金として財産の一部を持っていかれたとしても、残りの財産は確実に手元に残るのです。
借金によって将来全財産を失うリスクに比べれば、今のうちに税金をしっかり払っておく方が、遺された家族にとって安心なケースは多々あります。

借金をすることが相続税対策になると聞いて、多くの方が勘違いしやすいポイントが一つあります。
それは、借金をする本人が「被相続人(亡くなる親など)」でなければ節税の意味がないということです。
例えば、親の所有している土地の上に、子供が自分自身の名義で借金をして家を建てたとします。
この場合、親の持っている財産が減っているわけではないため、親の相続税対策としては全く意味を成しません。
子供が背負った借金を、親の遺産から差し引いて計算すること(債務控除)はできないルールになっているからです。
さらに、親の土地をタダで借りて子供名義のアパートを建てた場合、その土地は「他人に貸している土地」としての割引(貸家建付地としての評価減)が受けられません。
親の税金が減らないばかりか、土地の評価額を下げるチャンスまで失うことになり、かえって損をする可能性が高いのです。
相続する子供側がどれだけ多額の借金を背負ったとしても、親の相続税が安くなることはないという点には十分ご注意ください。