
相続が発生した際、借金への不安から「相続放棄」を検討する方は少なくありません。しかし、相続放棄に似た手続きとして「限定承認」という選択肢があるのをご存じでしょうか。限定承認をうまく活用すれば、実質的に借金の負担を回避しつつ、プラスの財産を残せる可能性があります。本記事では、限定承認の仕組みからメリット、デメリット、具体的な手続き方法までをわかりやすく解説します。
限定承認とは、亡くなった方のプラス財産の範囲内に限定して、借金などのマイナス財産を引き継ぐ相続方法です。
通常、相続が発生して何も手続きをしなければ「単純承認」となります。
単純承認をした場合、プラスの財産もマイナスの財産もすべて引き継ぐことになります。
たとえば、現預金が1,000万円あり、借金が2,000万円あったケースを想像してみてください。
単純承認では、1,000万円の現預金を受け取ると同時に、2,000万円の借金も背負うことになります。
しかし、限定承認を選択すれば、プラス財産である1,000万円の範囲内でしか借金を引き継ぎません。
つまり、引き継いだ現預金1,000万円で借金を1,000万円だけ返済し、残った1,000万円の借金については返済する義務がなくなります。
ただし、プラスの財産だけを受け取って借金は1円も引き継がない、というような都合の良い相続はできません。
あくまで「プラス財産の範囲内に借金の返済責任を限定させる」という仕組みだとご理解ください。

限定承認の最大のメリットは、後から想定外の多額な借金が発覚しても、ご自身の固有財産から持ち出しが発生しない点にあります。
亡くなった方の財産や借金が合計でいくらあるのか分からない場合、とりあえず限定承認をしておけば安心です。
もし清算した結果、借金よりもプラスの財産の方が多ければ、残った財産をそのまま手元に残すことができます。
ここで注意点として、2024年4月から相続登記が義務化されました。
清算後に不動産が手元に残った場合は、不動産の取得を知った日から3年以内に相続登記を行う必要があります。
また、最初から相続放棄をしてしまうと、後になって魅力的なプラスの財産が見つかったとしても受け取ることができません。
亡くなった方が誰かの連帯保証人になっていた場合にも、限定承認は非常に有効な手段です。
引き継いだ財産の額を超えてまで、連帯保証の債務を支払う必要はなくなります。

まとめると、限定承認は以下のような場合にメリットがあります。
限定承認をした場合であっても、生命保険金はみなし相続財産として受け取ることが可能です。
生命保険金は受取人に指定された人の固有の財産とされるため、民法上の相続財産そのものには含まれません。
ただし、これは受取人が特定の相続人などに指定されている生命保険に限ります。
契約上、ごくまれに受取人が「亡くなった方自身」になっている場合は例外的に本来の相続財産となり、借金返済に充てる必要があります。
受取人が指定されている保険であれば、受け取った生命保険金を使って亡くなった方の借金を返済する義務はありません。
また、相続税の計算上「500万円×法定相続人の数」という非課税限度額の適用も通常通り受けることができます。
しかし、限定承認の手続き上、この生命保険金から相続債務を差し引いて計算することはできません。
図にすると、以下のようになります。

限定承認を利用するためには、ご自身に相続が開始したことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所へ申立てを行う必要があります。
具体的には「相続の限定承認の申述書」をはじめとする必要書類を準備して提出します。
もし財産調査に時間がかかり期限に間に合わない場合は、家庭裁判所に申立てを行うことで3か月の期間を延長することも可能です。
ここで最も注意しなければならないのが、限定承認は相続人全員が共同で行わなければならないという点です。
相続人のうち一人でも限定承認に反対したり、すでに単純承認をしてしまった人がいると、限定承認は利用できなくなってしまいます。
そのような状況でどうしても借金の負担を避けたい場合は、個人単独で行える相続放棄の手続きを選択するしかありません。
また、限定承認を行う前に亡くなった方の預金を引き出して使ってしまったり、財産を勝手に処分したりすると「単純承認した」とみなされる恐れがあります。
一度単純承認したとみなされると限定承認も相続放棄もできなくなるため、財産や借金が不明な場合はむやみに財産に手を付けないよう注意しましょう。
ただし、常識的な範囲内の葬儀費用の支払いや、経済的価値のない形見分けの品を受け取る程度であれば問題ないケースが多いです。
不安な場合は、勝手に判断せずに専門家へ相談することをおすすめします。

なお、相続人が複数いるケースでは、家庭裁判所から選任された相続財産管理人が財産の管理や清算手続きを進めることになります。
限定承認を選択すると、不動産や株式などの一部の財産に対して「みなし譲渡所得課税」という所得税が発生する点に注意が必要です。
これは、亡くなった方がその財産を時価で売却したと仮定して、亡くなった方自身に課せられる税金のことです。
現預金に対してはかかりませんが、購入時よりも値上がりしている土地や建物などを引き継ぐ場合にこの税金が発生します。
さらに、親族間の取引とみなされるため、マイホームを売却した際に使える「3,000万円の特別控除」などの優遇税制は適用できません。
なお、売却したとみなされるのは亡くなった時点であり、翌年1月1日時点では既に亡くなっているため、住民税は課税されません。
このみなし譲渡所得については、相続人が亡くなった方の代わりに「準確定申告」を行って申告と納税を済ませる必要があります。
準確定申告の期限は、相続の開始を知った日の翌日から4か月以内と定められています。

ここで発生した所得税は、亡くなった方の債務として相続財産から差し引くことが可能です。
仮にこの税金が多額になったとしても限定承認をしているため、プラスの財産を超える分の税金を相続人が自腹で払う必要はありません。
一見すると非常に便利な制度に見える限定承認ですが、実務上はあまり使われておらず、いくつかの大きなデメリットが存在します。
まず、先述の通り相続人全員の同意が必要であるため、親族間で意見がまとまらないと手続きを進めることができません。
次に、家庭裁判所への申立てだけでなく、官報への公告手続きや財産の競売など、非常に複雑で手間のかかる手続きが求められます。
手続きがすべて完了するまでに、数か月から場合によっては1年以上かかることも珍しくありません。
さらに、限定承認の手続き中は、特定の借金だけを優先して勝手に返済することは法律で禁じられています。
すべての債権者へ公平に清算手続きを行う必要があるため、ご自身の判断で動かず、必ず専門家の指示を仰ぐ必要があります。
手続きが難解であるため弁護士や司法書士などの専門家への依頼がほぼ必須となり、それに伴う多額の費用が発生します。
結果として、手元に残った財産よりも手続き費用の方が高くついてしまう「費用倒れ」になるリスクも十分に考えられます。
これに加えて「みなし譲渡所得課税」が発生し、想定以上に財産が目減りする可能性も考慮しなければなりません。
このように限定承認は非常にハードルが高い手続きであるため、検討する際は必ず専門家を交えて慎重に判断するようにしてください。
相続の限定承認について、税理士法人・都心綜合会計事務所の税理士・田中順子が解説しています。
字幕が付いておりますので、音を出さなくてもご視聴いただけます。
動画内容
相続と聞くと、一般的には財産を受け取るというプラスのイメージが強いかと思いますが、法律上は、財産だけではなく、亡くなった方の債務も受け継ぐことになります。
もし亡くなった方に借金がたくさんあって、相続した財産を使っても返済しきれなかったときは、相続した人が自分の財産から、残りの借金を返済しなければなりません。
たとえば、亡くなった人の財産が1,000万円あったとしても、借金が3,000万円あった場合、相続できる財産はマイナス2,000万円ということになります。
そのような相続だったら、はじめから受けたくはないと思います。
ところが相続は、何もしないまま一定期間が過ぎると、自動的に全ての財産と債務を受け継ぐことを承認したことになってしまいます。
それを止めるための手続きのひとつが、限定承認です。
限定承認とは、借金などマイナスの財産を、プラスの財産の範囲内でしか受け継がなくてよい、としてくれる手続きのことです。
先ほどの例で限定承認を行った場合、借金3,000万円のうち、プラスの財産である1,000万円を超える部分、つまり、マイナス2,000万円を相続しなくてよくなります。
また、連帯保証人のように、1人あたりの債務の負担額が確定していない借金であっても、限定承認の手続きをしておけば、相続した財産以上の返済をする必要はありません。
できれば、プラスの財産だけ相続する、という都合のよい相続をしたいところですが、それは認められないので、借金がある場合は、こうした対応が必要になってきます。
さて、限定承認の手続きを行うには、ご家族が亡くなった時から3か月以内に家庭裁判所に、「相続の限定承認の申述書」という書類を提出する必要があります。
もし、3か月以内での提出が難しければ、家庭裁判所に期限を延ばしてもらうよう申立てをすることもできます。
ただし、限定承認の手続きは、相続人全員で行わなければなりません。
もし1人でも限定承認の手続きに協力してくれない相続人がいるときは、手続きができない、ということです。

限定承認の手続きができない場合に、マイナスの財産を負わないようにするためには、個人で相続放棄という手続きを行うしかありません。
ただし、相続放棄を行うと、すべての財産を相続する権利を失ってしまいます。
もしあとから別の財産が発見され、プラスの財産が借金を上回ると損をしてしまうため、注意が必要です。
相続放棄にくらべて、限定承認の手続きは、損をすることはなさそうに見えますが注意点もあります。
限定承認を選んだ場合に、一定の動産や不動産を相続すると、亡くなられた方に、みなし譲渡所得が発生し、所得税の課税が行われてしまう、ということです。
まず、通常の相続の場合は、亡くなった人に税金がかかる、ということはありません。
しかし、限定承認を行った上で不動産などの財産を相続する場合、亡くなった人が、その不動産などを譲渡したものとみなして、その財産の時価と購入にかかった費用との差額について、所得税が発生するのです。
建物については、年数とともに劣化しますから、購入費より時価の方が高くなる、ということは通常起こらないのですが、土地は地価の変動に左右されるため注意が必要です。
亡くなった人に税金をかけてどうするんだ、と思われるかもしれませんが、亡くなった人は、亡くなった年の1月1日から、亡くなった日までの所得税を納める義務があります。
確定申告が必要なときは、相続人が代わりに準確定申告というものを行わなければなりません。
もし所得税が発生すれば、亡くなった人の財産から支払うことになりますので、相続財産が目減りすることとなります。
とりあえず、限定承認を行うと普段とは違う税金が、亡くなった人にかかる、ということだけ、注意をしていただければと思います。