
相続税の納税方法は、第一に現金での一括納付、第二に分割払いである延納、そして最後に「物納」という順序になっています。物納とは、現金や延納でも税金を払いきれない場合に、一定の相続財産(不動産など)をそのまま国に納めることで納税に代える制度です。なお、物納は相続税にのみ適用され、贈与税には適用されません。
物納制度は、文字通り相続税を「物で支払う」ことができる制度です。
しかし、誰でも自由に利用できるわけではありません。現在の物納制度は昔に比べて要件が厳格化されており、手続きも非常に複雑です。
例えば、「現金はたくさんあるけれど、使い道のない土地があるからそれを物納してしまおう」といった、不要な財産の断捨離のような使い方はできません。

物納を申請すると、税務署は念入りに調査を行います。基本的には以下の2つの条件を満たす場合にのみ認められると考えておきましょう。
もし物納制度をご検討されている場合は、ご自身で判断せず、必ず専門家に相談することをおすすめします。
ここからは、物納制度を利用する上で押さえておきたい8つのポイントを解説します。
物納できる財産は、相続税の計算の対象となった日本国内にある財産に限られます。
ただし、以下の特例を利用した財産は物納の対象外となります。
また、物納する財産には「優先順位」が決められています。
【第一順位】
【第二順位】
【第三順位】
よく「順位とはどういう意味ですか?」とご質問をいただきます。
これは、例えば非上場株式(第2順位)と不動産(第1順位)を持っている場合、自分にとって手放しやすい非上場株式から先に物納することはできない、という意味です。原則として、順位の高い不動産から先に物納しなければなりません。
ただし、上位の財産の中に適当な価額のものがない場合など、例外的に下位の財産の物納が認められることもあります。
なお、「特定登録美術品」に該当する美術品であれば、上記の順位に関係なく優先して物納することが可能です。
また、順位の中で出てきた「物納劣後(れつご)財産」とは、物納の対象にはなるものの、通常の財産よりも順位が後回しになる訳ありの財産のことです。
例としては以下のようなものが挙げられます。
(1)申請手続
物納を利用したい場合は、納付の期限までに「物納申請書」に以下の関係書類を添えて税務署へ提出する必要があります。

もし期限までに書類が準備できない場合は、「延長届出書」を出すことで提出期限を最長1年まで延長できます。ただし、1度の届出で延長できるのは3ヶ月までで、延長した期間には利子税がかかる点にご注意ください。
(2)許可又は却下
税務署は申請書を受け取ると、物納の条件を満たしているか調査を行い、原則として申請期限から3か月以内に許可または却下を決定します。ただし、財産の状況によっては、審査期間が最長9か月まで延長されることがあります。

なお、審査の途中で自分から申請を取り下げることもできますが、その場合は【延滞税】がかかってしまいます。
(3)条件付許可
税務署長が「この条件をクリアすれば許可しますよ」という条件付の許可を出す場合は、その条件が書面で通知されます。
(1)物納財産の収納価額
国に納める財産が「いくら分の税金としてカウントされるか(収納価額)」は、原則として【相続税の計算の元になった評価額】と同じになります。
ただし、税務署に納める時までにその財産の状態が著しく変わってしまった場合(土地が荒地になってしまった場合など)は、納める時点の状況に合わせて評価額が見直されます。
ここで非常に重要な注意点があります。「小規模宅地等の特例」を使って評価額を大きく下げた土地を物納する場合、国にカウントされる価額もその「下がった後の価額」になってしまいます。本来の価値よりもかなり安く引き取られる計算になるため、物納のメリットがあるか慎重な判断が必要です。
このようなケースでは、物納するのではなく、自分で財産を売却して現金化し、そこから税金を納めたほうが有利になることも多いです。
ただし、売却する際にも以下のコストがかかる点はお忘れなく。
これらも踏まえて、売却による納税資金の確保も合わせて検討しましょう。
(2)物納財産の納付時期
物納の許可が出た場合、「財産の引渡し」と「所有権の移転登記」がすべて完了した時点で、正式に納税が終わったものと見なされます。
もし物納申請が却下されてしまった場合は、却下された日の翌日から起算して「20日以内」であれば、却下された金額の範囲内で「延納(分割払い)の申請」へ切り替えることができます。
物納しようとした財産が「管理処分不適格財産(国が管理・処分しにくい問題のある財産)」と判断されて却下された場合は、却下された日の翌日から20日以内であれば、別の財産を選び直して再申請することができます。
ただし、再申請のチャンスは1回限りです。
なお、本来の納期限から再申請の日までの期間には利子税がかかります。
※管理処分不適格財産の例
(1)概要
貸家や貸家建付地などの不動産を物納する許可を受けた後で、「やっぱり現金で一括納付できるようになった」または「延納で払えるようになった」という場合は、許可を受けた翌日から1年以内であれば、物納を取りやめる(撤回する)ことができます。
ただし、すでに国がその不動産を売却(換価)してしまっていたり、公共事業のために使われることが確定しているような場合は、撤回できません。
なお、撤回が認められた場合、本来の納期限から完納するまでの期間に応じて利子税がかかる点に注意が必要です。
(2)手続き
撤回したい場合は、「物納撤回承認申請書」または「物納撤回承認申請兼延納申請書」を、許可を受けた日の翌日から1年以内に税務署へ提出します。延納へ切り替える場合は、担保に関する書類の添付も必要です。
(3)納付
撤回が承認されると、税務署から納付すべき金額の通知が届きます。通知が発送された翌日から起算して「1ヶ月以内」に納付を済ませなければなりません。
物納に関する手続き中、本来の納付期限を過ぎてから納付が完了したと見なされるまでの期間には、原則として「利子税」がかかります。
純粋に国側が審査に時間を使っている期間などは利子税が免除されますが、「申請者側で書類の不備を直している期間」や「財産の整備に時間がかかっている期間」は利子税が発生する場合があります。審査中なら常に利子なしで待ってもらえるわけではありませんのでご注意ください。
最終的に納付すべき利子税については、税務署から通知書が届きますので、速やかに納付しましょう。
物納の許可限度額の計算方法は、令和7年度(2025年度)税制改正で見直されました。現在は、手元に残しておくべき当面の生活費(3ヶ月分)や事業経費が広く考慮されるほか、申請される方の平均余命(寿命の目安)を踏まえて計算される仕組みに変更されています。これにより、ご高齢の方などは以前よりも物納が認められやすくなりました。
なお、この見直しは令和7年4月1日以後に開始した相続に係る物納申請から適用されます。
単純な引き算ではなく、将来の収入減少見込みや平均余命などを踏まえた詳細な計算が必要になります。実際の計算や要件の確認については、ご自身で判断せず、必ず税理士などの専門家に相談しましょう。
いずれにしても、「現金での納付が難しい」という状況は、資料を使って客観的に証明する必要があります。
すでに延納(分割払い)の許可を受けて支払いを続けている途中で、「今後の支払いを続けるのがどうしても難しくなってしまった」という場合に、残りの税額分を物納に切り替えることができる制度があります。これを「特定物納制度」といいます。
特定物納に充てることができる財産については【通常の物納制度と同じルール】になります。
また、特定物納により納付を完了するまでの期間については、当初の延納条件に基づく「利子税」がかかり続けます。
特定物納の許可を受けたい場合は、相続税の申告期限の翌日から起算して「10年を経過する日」までに、特定物納申請書と関係書類を提出する必要があります。
もし審査で却下されてしまった場合は、そのまま延納(分割払い)を続ける状態に戻ります。
特定物納で納める財産の価額(国にいくらとしてカウントされるか)は、原則として「特定物納を申請した時点での価額」になります。相続が発生した時点の価額ではない点に注意してください。
ただし、税務署に納める時までに財産の状況が著しく変わった場合(土地が荒地になった場合など)は、納める時の状況に合わせて価額が見直されます。
相続税の物納制度について、税理士法人・都心綜合会計事務所の税理士・田中順子が解説しています。
字幕が付いておりますので、音を出さなくてもご視聴いただけます。
動画内容
相続税は原則として、金銭で一括して納付しなければなりません。
納付の期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内です。
しかし、この期限内にスムーズに納税できない場合があります。
たとえば相続財産のほとんどが不動産の場合です。
高額な不動産であれば、納税額は数百万円にのぼることもあり、現金をほとんどもらっていない相続では、この税金を自己資金から用意しなくてはなりません。
突然、何百万円もの税金をキャッシュで用意してください、というのは酷な話です。
そこで納税が難しい一定の相続については、相続税を分割払いする「延納」という方法と、相続した財産そのものを税務署に納めて納税する「物納」という方法があります。
今回のテーマは後者の「物納」です。
物納は延納を利用しても、全額を納めることが難しい場合にしか検討することは許されません。
さらに物納を行うためには物納申請を行い、税務署から許可を受けることが必要です。
税務署にいきなり物を持ち込んでも、職員さんは受け取ってくれませんので注意してください。
物納申請を行う期限については、原則は相続税の申告期限となります。
期限後申告や修正申告を行う場合は、その申告日が期限です。
なお、延長の届出書を提出することで、申請期間(期限)を最長1年間延長することができます。
物納の要件は複雑で、申請には非常に手間がかかります。
まず物納に充てることができる財産は、相続税の対象となる財産に限られ、その中でも優先順位があります。
物納できる財産がいくつかある場合は、次の1から3の順位に従って、優先的に物納に充てなくてはなりません。
第1順位は国債、地方債、不動産、上場株式、船舶等の財産です。
第2順位は非上場株式
第3順位は動産となります。
優先順位があることによって、自分が要らない財産から物納に充ててしまおう、というような選び方ができないようになっています。
また、同じ順位の物でも注意が必要な場合があります。
たとえば不動産のうち、地上権や賃借権などが設定されている土地などは、こうしたマイナス要素のない不動産を優先して物納に充てなくてはなりません。
さらに抵当権がついている不動産などは、そもそも物納に充てることはできません。
このように物納には優先順位が同じでも、優先的に物納できないもの、そもそも物納できないものがあります。
専門家でなければ非常にわかりにくい区別だと感じます。
さて物納した財産がいくら分の納税としてみなしてもらえるのか?というと、それぞれの物納財産の収納価額によって決定します。
ほとんどは相続税の計算を行うときに算定した相続税評価額となります。
ただし物納ならではのルールとして、税務署に納めるときまでに、その財産に著しい変化があった場合は、その状況に合わせて評価額を変更しなければなりません。
物納では相続の時ではなく、あくまで税務署に納めるときの価額(価値)が重視されます。
何を物納に充てるかを決めたら、ようやく税務署に物納申請を行うことができます。
物納申請は申請期限内に物納申請書を提出して行います。
このとき物納申請書には、物納財産目録や金銭納付を困難とする理由書、金銭納付が困難であることを説明するための一定の資料などを添付しなければなりません。
特に金銭納付が困難というのは、現金で即座に納付できるお金がないことなどを証明する必要があります。
このことを証明するには相続した現金がいくらか、自己資金がいくらか、そのうち当面の生活費や事業のために確保しておかなければならない資金はいくらか、ということがポイントとなってきます。
ところが、これだけ書類を準備して申請を行ったとしても、物納の許可が下りず却下されることがあります。
物納が認められるための要件は非常にシビアなのです。
ただし却下を受けた場合は、20日以内に却下された部分の延納申請を行うか、その却下の理由が選択した財産が不適格であるという場合は、他の財産を選んで再申請を行うことができます。
他の財産を選んで再申請ができるのは1回だけです。
ここまでして「ぜひ物納をしたい」という人はおそらく、いらっしゃらないかと思います。
しかも場合によっては物納よりも財産を売却して、その売却収入から納税した方が得をすることもあります。
このときは売却益にかかる譲渡所得税や住民税、売却にともなう諸費用などの負担を比較して検討することが大切です。
物納は専門家の力なしでは難しい納税方法です。
必ず専門家に相談しましょう。