そもそも受益権の取得に受益者の合意は必要ない
信託契約には、委託者・受託者・受益者と3者の役割が必要となります。
では信託契約の成立には、この3者の合意が必要かというと、そうではありません。
意外かもしれませんが、信託契約の成立に受益者の合意は必要ありません。

信託契約の成立に受益者の合意は不要
よって、委託者と受託者が合意すれば、信託契約は成立します。
なので委託者Aと受託者Bが受益者をCさんと決めた場合、Cさんの合意がなくても、委託者A・受託者B・受益者Cとして、この信託契約は成立します。
ただし、信託契約において別段の定めとして、受益者の合意が必要とすれば、Cさんの合意を得ずに【Cさんが勝手に受益者になる】というようなことはできません。
なぜ受益者の合意なく信託契約が成立するのか?
ところで、なぜ信託契約の成立に受益者の合意が必要ないのでしょうか?
それは受益権の取得(受益者になること)がプラスでしかない、と考えられているからです。

受益者にはメリットしかない?
簡単に言えば、受益権には債権しかなく債務がないからです。
信託財産の債務は受託者が負います。
なので信託されている財産に係わる債権者は、受託者にその債務の履行を求めることができます。
分かりやすい事例で言えば、信託財産に賃貸不動産があり、それに付随する借金があったとします。
受益者は賃貸収入(受益権)という債権だけを取得し、借金の支払いなどはする必要がありません。
また、借金の支払いが滞ったとしても、催促は受益者にはいかず受託者にいきます。
受託者が債務を支払う責任を負っているからです。
このように受益者にとっては、プラスの面しかないと考えられているので、信託契約の成立に受益者の合意が必要ないとされています。
本当に受益権はプラスでしかない?
いいこと尽くめに思える受益権ですが、本当にプラスの面しかないのでしょうか?
実は、そうとも言えない場合もあります。
例えば自己信託で自社株を贈与しつつも経営権はそのまま保持する方法に詳しく記載していますが、委託者・受託者をA、受益者をCとした、自己信託を設定したとします。
(委託者・受託者が同一である場合を自己信託といいます。)
この自己信託を活用して、Aがオーナーである会社株式を信託したとします。
この場合、株式の議決権はAがそのまま有しますが、課税の面で見るとAからCへの株式贈与となります。
よって、株式の評価額が高額で贈与税が発生する場合、Cは贈与税の申告、及び納税をしなくてはなりません。
受益権がキャッシュであれば、基本的に納税に困ることはありませんが、このような株式の場合だと納税資金に困る場合があります。

気づけば受益者になっていて、納税資金に困ることにも・・
このように【受益権はプラスでしかない】とは、言えないとも考えられます。
後にトラブルにならないように、信託契約の際には別段の定めとして【受益者の合意が必要】としておいた方が無難と言えます。
受益権の放棄は信託行為の当事者でなければ可能
上述のように、人によっては必ずしも受益権がプラスと思わない場合もあり得ます。
そのような場合に、受益権の放棄をしたいと考える方もいらっしゃると思います。
では、受益の放棄は可能なのか?
結論から言えば、受益権の放棄は信託行為の当事者でなければ可能です。
逆に言えば、信託行為の当事者に該当した場合には、受益権の放棄はできません。
契約の当事者なので、契約内容に合意したと考えられるからです。
信託行為の当事者とは、委託者と受益者が同じ(自益信託)であるような、契約に際して受益者が当事者であるようなことを意味します。
契約の当事者と言うと分かりづらいですが、簡単に言ってしまえば、受益者が委託者・受託者以外の人であれば、受益権の放棄は可能ということを意味します。
ちなみに受益権の放棄の方法ですが、相続放棄のような複雑な手続きは必要ありません。
受託者に対して、受益権を放棄する旨を伝えれば(意思表示すれば)、放棄することができます。
受益権の放棄をした場合の課税関係
受益権の放棄をした場合には、初めから受益権は無かったものとされます。
なので受益者になってから数年後に受益権を放棄した場合、その数年間で受けた受益権の利益は、受託者に返還する必要があります。
また、確定申告などをしていた場合には、更正の請求をして税金の還付申請をすることになります。
ちなみに、その放棄をした受益権は放棄をした元・受益者から、次の新しい受益者への贈与という扱いになります。
よって放棄するまでの受益権が「贈与税が発生する金額」である場合には、新しい受益者は贈与税の申告・納税が必要となります。
動画で解説
家族信託での受益権の放棄が可能かどうかについて、税理士法人・都心綜合会計事務所の税理士・田中順子が解説しています。
字幕が付いておりますので、音を出さなくてもご視聴できます。
動画内容
信託とは、ある財産を三者で管理するための契約方法です。
三者とは、財産の持ち主である「委託者」、その財産の管理を託される「受託者」、そして、その財産から生じる利益を受け取る「受益者」この三者をいいます。
家族信託とは、これを家族で行うときの呼び方です。
さて、この委託者・受託者、そして受益者の三者ですが、この中で別に合意がなくてもいい人がいます。
「受益者」です。
なぜなら、受益者にはメリットしかない、というのが一般的だからです。
たとえば賃貸用のアパートを信託財産とします。
受益者であれば、賃貸用アパートから入ってくる家賃収入を受け取りますが、もし、そのアパートに借入金があっても、受益者になったからといって返済義務は負いません。
このように受益者になることは一般的にプラスでしかないため、合意は不要とされているのです。
「それなら、そもそも受益権を放棄する必要なんてないのではないか?」と思われますよね。
ところが受益権を得たら納税義務が発生します。
「信託で利益を得られるなら税金くらいいいでしょ」と思われるかも知れませんが、問題は信託される財産が不動産や株式など、金銭でない財産だった場合です。
財産の持ち主、つまり委託者のことですが、委託者と異なる人物が受益者になった場合、その財産は「受益者」に移転したものとして「受益者」に贈与税がかかることがあります。
そして、それが不動産や株式の場合、金銭をもらったわけではないので、納税するお金は自分で用意しなければなりません。
お金をもらったわけでもないのに「受益者にしておいたから後で贈与税を払っておいてね」となったら、嫌ですよね。
では、受益権は放棄できるのでしょうか。
答えはできます。
受託者に対して放棄します、という意思表示をしてください。
ただし、受益者がその信託契約の当事者であるときは、放棄をすることができません。
つまり、受益権を放棄できるのは、その人が委託者や受託者にあたらない場合ということです。
それでは最後に、受益権の放棄をしたらどうなるのかについてご説明致します。
受益権の放棄をしたら、初めからその受益権は無かったものとされます。
よって、税金を払う必要はございません。
では、受益者になってから数年後に受益権を放棄した場合はどうなるのでしょうか。
この場合も、初めにさかのぼって受益権が無かったものとなります。
したがって、その数年間で受けた受益権の利益は、受託者になっている人に返還する必要があります。
もしこの間に税務申告をして納めた税金がある場合は、更正の請求という手続きを税務署に対して行い、税金の還付を請求することになります。