
お孫さんの将来のために生前贈与をしたいけれど、無駄遣いが心配でお金の管理は自分がしておきたい、と考える方は多いでしょう。しかし、単に孫名義の口座を作って贈与者が通帳や印鑑を管理していると、税務調査で「名義預金」とみなされ、相続税の対象になってしまうリスクがあります。そこで有効なのが「自己信託(信託宣言)」という制度です。自己信託を使えば、贈与者が財産を管理したまま、適法にお孫さんへ財産を移すことができます。この記事では、自己信託の仕組みと、名義預金と疑われないための重要な注意点について初心者向けにわかりやすく解説します。
名義預金とは、口座の名義人と実際に預金を管理している人が異なる預金のことです。
おじいちゃんが孫名義の口座にお金を振り込み、その通帳と印鑑をおじいちゃんが持っているケースが典型例です。
この場合、実質的な所有者はおじいちゃんだと税務署に判断され、おじいちゃんの財産として、そのまま相続財産に含めて計算されてしまいます。
これを適法に回避できるのが「自己信託」です。
信託とは、財産の「所有権(利益を受ける権利)」と「管理する権限」を切り離す仕組みです。
自己信託では、委託者(財産を預ける人)と受託者(財産を管理する人)をおじいちゃん自身とし、受益者(利益を受け取る人)を孫に設定します。
これにより、預金の管理はおじいちゃんが行いながら、財産の価値自体は孫に移すことが可能になります。
受託者として財産を管理するための口座となるため、おじいちゃんが通帳を持っていても名義預金にはならないのです。
さらに、原則として法定相続人ではないお孫さんへの贈与は、生前贈与を相続財産に足し戻す「持ち戻し」の対象外となります。
2024年以降、この持ち戻し期間は段階的に7年に延長されるため(※完全に7年になるのは2031年1月1日以降に発生する相続からです)、お孫さんへ自己信託で財産を移すことは非常に強力な相続税対策にもなります。
ただし、お孫さんを養子にしている場合や代襲相続の場合、あるいは遺言書でお孫さんに財産を残す場合や生命保険の受取人にしている場合などは、持ち戻しの対象になります。

通常の家族信託は、委託者と受託者が別の人物であるため「信託契約」を結びます。
しかし自己信託は、自分自身に財産を託すため、契約ではなく「信託宣言」という単独の手続きになります。
信託法により、自己信託は口頭では成立せず、必ず「書面または電磁的記録」で行うことが義務付けられています。
「信託宣言書」を作成し、法的に有効な形で証拠を残すことが絶対条件となります。
自己信託は、信託法上「公正証書等で作成する」か「確定日付のある書面で受益者(お孫さん)に通知する」ことで初めて効力が発生します。
自分で宣言書を作ってハンコを押しただけでは、法的な効力は生じません。
税務調査が入った際に「後から慌てて作った書類ではないか」と疑われてしまうため、客観的な証拠を残すことが実務上絶対に不可欠です。
そのため、必ず公証役場で「確定日付」をもらうか、「公正証書」にしておきましょう。
これを怠ると、せっかく手続きをしたつもりがただの紙切れになり、結果として税務署に否認されるリスクが高まります。

自己信託を設定した時点で、おじいちゃんから孫へ贈与があったとみなされ、贈与税の対象になります。
贈与税には年間110万円の基礎控除(非課税枠)があります。
しかし、この110万円は「お孫さんが1年間で他の人からもらった贈与も含めた合計額」で計算する点に注意してください。
合計が年間110万円を超える場合、贈与税の申告義務者は孫になります。
2022年4月から成年年齢が18歳に引き下げられたため、18歳以上のお孫さんは本人が贈与税の申告を行わなければなりません。
完全に内緒にしていると無申告になってしまい、ペナルティを受ける可能性があります。
一方、18歳未満の未成年のお孫さんの場合は、法定代理人である親が代理で贈与税の申告をする必要があります。
さらに、親への報告は税金の申告だけでなく、税務署から「実態のない名義預金だ」と否認されないための、実務上の絶対条件にもなります。
また、税務調査対策という意味合いだけでなく、そもそも未成年者へ信託の通知を行う場合、法律上、法定代理人である親宛てに通知をしなければ自己信託自体が成立しません。
そのため、親に内緒で手続きを進めることは絶対に避け、必ず親(ご自身の子)に信託の事実を伝えて手続きをしてもらう必要があります。
自己信託を始めたら、お金の管理方法にも注意が必要です。
受託者であるおじいちゃんには、自分個人の財産と、信託された孫のための財産を明確に分けて管理する「分別管理義務」があります。
おじいちゃんの生活費が引き落とされる口座と、信託したお金を同じ口座でごちゃ混ぜにしてはいけません。
原則として信託専用の口座で管理すべきですが、自己信託の場合、正式な「信託口口座」を開設してくれる銀行はほぼ無いのが現状です。
そのため、信託財産だけを入れる専用の個人口座を新しく作り、生活費と絶対に混ざらないように厳格に管理するなどの工夫が必要になります。
さらに、専用口座に分けるだけでなく、簡単なエクセルや大学ノートなどで構わないので帳簿をつけておくことをおすすめします。
「いつ・いくら信託財産として入金したか」という金銭出納帳を残しておくと、税務調査が来た際に「間違いなく信託財産として分けて管理していた」という強力な証拠になります。
実行する前に、口座の管理方法について専門家や銀行へよく相談することが重要です。
自己信託を設定するたびに確定日付を取るなどの手間やコストがかかります。
そのため、毎年少額を贈与するよりも、まとまった金額を一度に贈与してしっかり管理したい場合に適した手法と言えます。
ただし、例えば1000万円などの大きな金額を一度に自己信託した場合、信託を設定したその年に多額の贈与税が発生してしまいます。
名義預金対策にはなっても、結果として税負担が跳ね上がってしまっては本末転倒です。
なお、発生した贈与税をおじいちゃんが代わりに支払ってあげると、その支払った税金分も「新たな贈与」とみなされて二重に税金がかかるため、納税資金の準備にも注意が必要です。
まとまった金額を贈与する場合は、相続時精算課税制度の活用も含め、実行前に税理士へ相談することをおすすめします。
なお、相続時精算課税制度を利用した場合、贈与した財産は将来おじいちゃんが亡くなった際にすべて相続財産に足し戻され、相続税の計算に含まれることになります。
つまり、前半でお伝えした「孫への贈与は持ち戻し対象外」という自己信託のメリットが消滅してしまう点には十分な注意が必要です。
ただし、2024年から相続時精算課税制度に「毎年110万円の基礎控除」が新設されました。
この枠内に収まる部分については、将来の相続税の計算にも足し戻されません。
ここで注意したいのは、1000万円を一度に信託した場合、贈与はその年に一括で行われたとみなされるため、110万円の基礎控除が引けるのは設定した年だけになるという点です。
110万円の枠を毎年使いたい場合は、毎年少しずつ追加で信託(追加信託)していく必要がありますが、その都度手続きの手間がかかることになります。
また、相続時精算課税制度を利用できるのは、贈与するおじいちゃんが60歳以上であり、かつ贈与年の1月1日時点で18歳以上のお孫さんに限られます。
18歳未満のお孫さんに多額の自己信託をすると、暦年課税しか選べず高額な贈与税が発生してしまう点にも気をつけましょう。
一方で、18歳以上のお孫さんに対して通常の暦年課税で贈与する場合は、税金が少し安くなる「特例税率」が使えるというメリットもあります。
お金をおじいちゃんが管理している途中で、おじいちゃん自身が認知症になったり、万が一亡くなってしまったりするケースも考えられます。
そうなると口座が凍結してしまい、せっかくお孫さんのために用意したお金が使えなくなるリスクがあります。
そのような事態に備えて、次にお金を管理する人(後継受託者)を親などに決めておくことも非常に重要です。
ただし、おじいちゃんが亡くなった場合、銀行は原則として名義人の死亡を知った時点でその口座を一旦凍結します。
別口座に分けて後継受託者を決めていたとしても、個人名義の口座である以上は自動的に引き継がれません。
凍結を解除して後継受託者にバトンタッチするには、銀行の窓口に「確定日付のある信託宣言書」などを提出して事情を説明する手続きが必要になる点には留意しておきましょう。
自己信託を検討する際は、ご自身の万が一の際のことまで含めて設計しておくことが大切です。