相続時精算課税制度は「税金をゼロにする」魔法の制度ではない
相続時精算課税制度を利用すれば、贈与税なしで生前に贈与できる。
こう思われている方は、少なからず、いらっしゃいます。
では「完璧に間違っているのか?」というと、そういう訳でもありません。
相続時精算課税制度は複雑な制度です。
そして、一度この制度を利用したら、生涯にわたり撤回することが出来ません。
相続時精算課税制度のメリット・デメリットを完全に把握した上で、この制度を利用するかどうかを検討しましょう。
相続時精算課税制度のメリット
相続時精算課税制度というのは、読んで字のごとく、「相続の時に精算して課税しますよ」という制度です。
そして、相続時精算課税制度のメリットはもちろんあるのですが、本来なら相続税がかかるものが、かからなくなるといった、魔法の制度ではありません。

相続時精算課税制度は確かに色々とメリットはありますが、相続税を0にするような魔法の制度ではありません。
また、下手をすると、相続税を多く払うことになる可能性もあります。
相続時精算課税制度を利用する際には、必ず専門家と相談してください。
また、相続時精算課税制度とは、そもそもどういった仕組みなのか?については、相続時精算課税制度とはに詳しく記載しています。
それでは、相続時精算課税制度のメリットを見ていきましょう。
累計で2,500万円まで贈与税がかからない
贈与には、暦年課税と相続時精算課税の2種類あります。
暦年課税の場合には、非課税枠が年110万円ですが、相続時精算課税を選択すれば、累計で2,500万円まで贈与税はかかりません。
累計というところがポイントでもあります。
例えば、
- 1年目に2,000万円の贈与
- 2年目に500万円の贈与
をしても、ともに贈与税がかかりません。
3年目に100万円を贈与した。
これには贈与税がかかってきます。
(相続時精算課税を選択適用した場合は、贈与税率は一律20%となります。)
また、1年目で3,000万円贈与したら、2,500万円を差し引いた500万円に贈与税がかかってきます。
このような制度のため、暦年課税に比べて多額の財産を、通常の贈与より少ない贈与税額にて、早期に贈与することが出来る、というメリットがあります。
ちなみに暦年贈与のメリットについては、生前贈与とは何?相続との関係は?に記載しています。
相続税の財産評価額が安くできる可能性あり
相続税の財産評価は、原則として相続時の価額で評価することとなります。
ただし、相続時精算課税を選択している場合においては、「相続時精算課税適用財産」として「贈与時の価額」を相続税の課税価格に算入することになります。
つまり、相続時の価額ではなく、贈与時の価額で評価することとなります。
したがって、時の経過によりその価値が増加する財産については、その増加分の相続税を抑えることができます。
具体例としては、ある土地Aを相続時精算課税制度を利用して贈与した。
その時の価格が3,000万円。
数十年後、相続が発生(贈与者が死亡)。その時の土地Aの価格が5,000万円。
でも、相続税の計算としては、「贈与時の価格の3,000万円で計算する」ということになります。
相続争いを防ぐことが可能
暦年課税と共通することですが、あらかじめ贈与された財産については、相続時において財産の取り合いになることはありません。
したがって、生前に贈与した財産について、遺産分割をめぐるトラブルに発展する可能性は低くなると言えます。

相続時精算課税制度において、既に贈与された財産については、遺産分割のトラブル減少が見込める
ただし、相続発生時の遺産分割において、相続時精算課税制度で既に贈与された分を特別受益として、遺産に加えて計算される可能性はあります。
特別受益についての詳しい内容は、特別受益に記載しています。
また、相続争いを防ぐ方法として、以下の関連記事をご紹介致します。
贈与者の財産増加を抑えることが可能
収益物件などがある場合、ほうっておくと、ひたすら相続財産が増えることになります。
この収益物件を相続時精算課税制度を利用して贈与した場合には、その贈与後にその収益物件からもたらされる収益(賃貸料など)は、受贈者(財産をもらった人)に帰属することになります。
したがって、贈与者の財産の増加を抑えることができ、受贈者(次世代)の財産を増やすことができます。
つまり、次世代への所得分散と財産承継が可能になります。

相続時精算課税制度の利用で、早期に次世代への財産承継が可能となります。
所得分散の方法としては、不動産管理会社を設立する、といった方法もあります。
詳しくは、不動産管理会社で所得分散や不動産名義を法人にし財産圧縮を図るに記載しています。
相続時精算課税制度のデメリット
相続時精算課税制度のメリットを見てきました。
メリットだけみると、今すぐにでも相続時精算課税制度を適用したい、と思う方もいるかもしれません。
でも、ちょっとお待ちください。
相続時精算課税制度にはデメリットもあります。
メリット・デメリットを知った上で、相続時精算課税制度の適用を検討しましょう。
それでは、相続時精算課税制度のデメリットを見てみましょう。
相続時精算課税制度を選択したら、撤回出来ません
別に撤回しないからいいよ、という方。
選択適用した直後は、確かにそう思うかもしれません。
だけど、もしもこのような場合だったらどうでしょう。
贈与者がものすごく長生きをした場合です。
相続時精算課税制度を適用してから、50年間ご存命であった場合を考えてみてください。
暦年贈与の場合、1年間で110万円まで非課税で贈与できます。
これを50年間、毎年110万円を何かしらの形で贈与したら・・。
累計で5,500万円が非課税(無税)で贈与出来たことになります。
でも、相続時精算課税制度を適用したら、毎年110万までの非課税というのは使えなくなります。
(相続時精算課税制度は累計で2,500万円まで非課税という制度なので)
また、贈与税率も相続時精算課税制度は一律で20%です。
暦年課税の贈与税率は、110万を少しオーバーしたくらいでは10%です。
(詳しい税率は国税庁の贈与税の計算と税率(暦年課税)をご参考下さい)
もしも、収益物件ではなく、現金などを分割して贈与したい場合には、贈与者が23年以上生存し、毎年110万円を贈与した場合は、相続時精算課税制度は適用しないほうが、単純な金額で言えばお得です。
ただし、相続時精算課税は「贈与者(財産をあげる人)ごと」に、また、「受贈者(財産をもらう人)ごと」に選択することが可能です。
例えば、父からの贈与については相続時精算課税を選択し、母からの贈与については暦年課税を選択する、ということが可能です。
ただし一度、相続時精算課税制度を選択したら、生涯に渡り取り消し出来ません。
よって、相続時精算課税制度の選択適用は、しっかり計画を立てて行いましょう。
小規模宅地等の特例を適用できない
相続時精算課税制度を選択して土地等を贈与した場合には、その土地等については小規模宅地等の特例を適用できません。
小規模宅地等の特例とは、一定の要件等がありますが、事業用・居住用であれば80%、貸付用であれば50%を土地の価額から減額できる制度のことです。
小規模宅地等の特例についての詳しい内容は、小規模宅地等の特例は8割も評価減が可能な相続税対策の王様に記載しています。

小規模宅地等の特例の適用は大幅な節税効果があります。でも、相続時精算課税制度を利用した場合、この特例が使えません。
したがって、収益物件だからと言って、本当に相続時精算課税制度を適用していいのか?
その収益物件が土地等である場合は、充分に検討する必要があります。
物納が認められらない
相続税は金銭一括納付が原則ですが、金銭で納付することが困難である場合には、納税者の申請により物納が認められています。
(物納についての詳しい内容は、物納制度に記載しています。)
しかし、相続時精算課税制度を選択して贈与された財産については、物納は認められません。

相続時精算課税制度を選択して贈与された財産については、物納出来ません。
相続税が多くなる?
メリットの所で、「相続税の財産評価額が安くできる可能性がある」と記述しました。
でも、逆に贈与した時の財産評価額が高額で、相続した時には、ほとんど価値がないといった場合でも、相続財産は贈与した時の財産評価額で計算します。
なので、相続税が多くなる可能性もあります。

節税のために、相続時精算課税制度を選択したのに、逆に税金が高くなるなんて・・
税金が発生しなくても申告する必要がある
その他、注意点としては、相続時精算課税制度は申告が必須となります。
たとえ贈与財産が2,500万円以内であり、贈与税がかからない場合であったとしても、申告書を提出しなければなりません。
登録免許税が高く、かつ不動産取得税が課税される
相続と比べると、贈与(相続時精算課税)の登録免許税の税率は高くなります。
~以下、国税庁HP(登録免許税の税額表)より引用~
(1)土地の所有権の移転登記 内容 課税標準 税率 軽減税率 売買 不動産の価額 1,000分の20 令和3年3月31日までの間に登記を受ける場合1,000分の15 相続、法人の合併又は共有物の分割 不動産の価額 1,000分の4 - その他(贈与・交換・収用・競売等) 不動産の価額 1,000分の20 - 相続による土地の所有権の移転登記について、次の免税措置があります。
※「相続による土地の所有権の移転登記に対する登録免許税の免税措置について」をご覧ください。
➀相続により土地の所有権を取得した個人が、その相続によるその土地の所有権の移転登記を受ける前に死亡した場合には、平成30年4月1日から令和3年3月31日までの間に、その死亡した個人をその土地の所有権の登記名義人とするために受ける登記については、登録免許税は課されません。
➁個人が、平成30年11月15日から令和3年3月31日までの間に、土地について相続による所有権の移転登記を受ける場合において、その土地が相続登記の促進を特に図る必要がある一定の土地であり、かつ、その土地の登録免許税の課税標準となる不動産の価額が10万円以下であるときは、その土地の相続による所有権の移転登記については、登録免許税は課されません。
(2)建物の登記 内容 課税標準 税率 軽減税率 所有権の保存 不動産の価額 1,000分の4 個人が、住宅用家屋を新築又は取得し自己の居住の用に供した場合については「住宅用家屋の軽減税率」を適用 売買又は競売による所有権の移転 不動産の価額 1,000分の20 同上 相続又は法人の合併による所有権の移転 不動産の価額 1,000分の4 ー その他の所有権の移転(贈与・交換・収用等) 不動産の価額 1,000分の20 - (注) 課税標準となる「不動産の価額」は、市町村役場で管理している固定資産課税台帳の価格がある場合は、その価格です。
相続だと「1,000分の4」である登録免許税が、贈与(相続時精算課税)だと「1,000分の20」になります。
また、相続で不動産を取得したのであれば、不動産取得税は課税されませんが、贈与(相続時精算課税)では課税対象となります。
なお、不動産取得税の計算方法は、以下のようになります。
~以下、東京都主税局HP(2 不動産取得税の計算方法)より引用~
【取得した不動産の価格(課税標準額)➀】 × 【税率➁】
➀令和3年3月31日までに宅地等(宅地及び宅地評価された土地)を取得した場合、当該土地の課税標準額は価格の1/2となります。
➁税率は以下のとおりです。
取得日 土地 家屋
(住宅)家屋
(非住宅)平成20年4月1日から令和3年3月31日まで 3/100 4/100
現時点で相続時精算課税制度を利用して、宅地の贈与を受けた場合、「固定資産税評価額の1.5%の不動産取得税」がかかることになります。
相続時精算課税と暦年課税の比較表
相続時精算課税と暦年課税の違いをまとめると、以下のようになります。
項目 | 相続時精算課税 | 暦年課税 |
---|---|---|
税率 | 一律20%(2,500万円を超えた金額に対して) | 累進課税 詳しくはこちらに記載 |
贈与財産 | 限定なし | 限定なし |
控除金額 | 生涯で2,500万円 | 1年間で110万円 |
計算期間 | 届出から相続開始時まで | 1年 |
申告の義務 | 届出後の全ての贈与 | 税額が発生した場合 |
物納の利用 | 不可 | 可能 |
贈与する人 | 60歳以上の父母及び祖父母 | 年齢制限なし |
贈与される人 | 18歳以上の推定相続人たる子供及び孫 | 年齢制限なし |
相続時の加算 | 全て | 相続開始前3年以内の贈与 |
贈与税の還付の有無 | 還付される | 還付されない 詳しくはこちらに記載 |
動画で解説
相続時精算課税制度のメリットとデメリットについて、税理士法人・都心綜合会計事務所の税理士・田中順子が解説しています。
字幕が付いておりますので、音を出さなくてもご視聴出来ます。
動画内容
相続時精算課税制度には、相続、という言葉がついていますが、実はこの制度は、贈与を受けた時に関係する話となります。
通常、贈与税は1年間に受け取った財産の合計額から、110万円を引いた額にかかります。
これに対し、親や祖父母などの、一定の方からの贈与については、相続時精算課税という方法を使うことができます。
相続時精算課税制度を使った場合、累計で2,500万円まで贈与税はかかりません。
その代わり、贈与をしてくれた親や祖父母が亡くなったとき、つまり相続の時に、それまでの贈与を精算して相続税をかける、というものです。
相続時精算課税制度を使うメリットは、何といっても、累計2,500万円まで贈与税がかからないことです。
通常の贈与では、年間110万円しか非課税になりませんが、相続時精算課税制度では、2,500万円まで、贈与税なしで財産をもらうことができます。
累計で2,500万円なので、1年目に2,000万円、2年目に500万円と分けても構いません。
これによって、早いうちにお子さんやお孫さんに、財産を渡しやすくなります。
また、相続時精算課税制度を使うと、将来、相続税がかかる財産の額は、贈与の時の評価額になります。
このことから時間の経過とともに、財産の価値が上がった場合、価値が上がる前の安い評価額で、相続税を計算することができます。
たとえば、贈与でもらった2,000万円の土地が10年後、相続の時になって、3,000万円に上がっていたとしても、相続税は2,000万円に対して計算されます。
それから、賃貸アパートなど収益不動産をお持ちの方は、相続時精算課税制度が、相続税対策になることもあります。
収益物件を持っている方は、収益物件からの家賃によって、相続財産がどんどん増えている状態です。
この場合、相続時精算課税制度を使って、生前のうちに収益物件をお子さんなどに贈与すると、その後の家賃はお子さんに入るので、相続財産が増えるのを止めることができます。
誤解のないように申し上げると、相続時精算課税制度は相続の時に相続税をかける制度なので、通常は相続税の大幅な節税にはなりません。
ただ、このような使い方もある、ということです。
ここまで相続時精算課税制度のメリットについて、お話を致しました。
ここから、相続時精算課税制度の主なデメリットについて、お話を致します。
まず、相続時精算課税制度は、1度選択をすると撤回することができません。
たとえば、お父さんからの贈与について、相続時精算課税制度を選択し、2,500万円まで贈与を受けたとします。
ところが、その後、お父さんがものすごく長生きをした場合、どうでしょうか?
それ自体は喜ばしいことですが、税金面で考えたとき、相続時精算課税制度ではなく、通常の贈与で年間110万円ずつもらった方が、節税になった、という場合があります。
年間110万円の贈与は完全に非課税ですから、贈与税も相続税もかかりません。
現金の贈与で単純に考えると、お父さんが23年以上生きられて、毎年110万円ずつ贈与してもらったほうが、相続時精算課税制度よりもお得です。
しかし、1度、相続時精算課税制度を選択したら、その相手からの贈与には、2度と110万円の非課税は使えません。
それから土地を贈与すると、小規模宅地等の特例が使えなくなる、ということにも注意をしましょう。
小規模宅地等の特例とは、一定の土地について、その評価額を8割か5割減額して相続できる特例です。
これは相続でしか使えないので、注意をしてください。
この他にも、相続時精算課税制度の選択には、いくつかの注意点があります。
メリットも多い制度ですが、選択する前に、必ず相続の専門家に相談をして下さい。
そして、相続のことなら、税理士法人・都心綜合会計事務所にお任せください。
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