
突然の病気や事故など、死期が迫った緊急時であっても遺言を残すことは可能です。しかし、遺言として法的な効力を持たせるためには厳格な要件をクリアする必要があり、現実的には極めてハードルが高いという問題があります。
日本の法律において、緊急時や危急時に認められる「特別方式による遺言」には、以下の4種類が存在します。
この中で、一般の方の身に最も起こり得る可能性が高いのが死亡危急者の遺言です。
具体的にどのようなケースなのか、現実的な場面を想定して見ていきましょう。
例えば、こんな場面を想像してみてください。
長年寝たきりだった父親が、いよいよ最期の日を迎えようとしています。
妻と子供がベッドのそばで心配そうに見守る中、父親は最後の力を振り絞ってこう言いました。
そう言い残し、父親は静かに息を引き取りました。
さて、この父親の最期の言葉は「遺言」として認められるでしょうか?
結論から言うと、法的な遺言にはなりません。
「最期の言葉なのだから、当然遺言として扱われるべきでは?」と感じる方も多いでしょう。人情としてはその通りです。
しかし、日本は法治国家です。死に直面した状況での発言であっても、それが法的な「遺言」として効力を持つためには、厳密なルール(要件)を満たす必要があるのです。

死に直面している状況であっても、遺言として効力を発揮するためには、以下の8つもの要件をクリアしなければなりません。
信じられないかもしれませんが、以上の8つの要件をすべて満たさなければ「死亡危急者の遺言」としては認められません。
「死に直面している緊急事態なのだから、もっと簡単な手続きで済むはず」と思いきや、悪用を防ぐために通常の遺言よりもはるかに複雑な手続きが求められているのです。

想像してみてください。今まさに息を引き取ろうとしている人の言葉を残すために、すぐに証人を集めて手続きを進める余裕が現実にあるでしょうか?
さらに厳しい現実があります。普通方式・特別方式を問わず(自筆証書遺言を除く)、遺言には必ず証人の立ち会いが要求されます。
そして民法上、以下の人は証人になることができません。
つまり、病室に付き添っているはずの
は、証人になることができないのです。
たとえ推定相続人が10人いて全員が最期の言葉を聞いていたとしても、法的には意味を成しません。
死亡危急の遺言を成立させるには、亡くなりそうなその瞬間に、急いで推定相続人以外の第三者を3人以上呼び集めなければならないのです。
一刻を争う事態に、これだけの要件を完璧に満たすことは極めて困難であるため、この死亡危急者の遺言制度の実用性には疑問の声も上がっています。
伝染病隔離者の遺言の方式とは、伝染病などの理由で行政処分により交通が遮断された場所にいる人が、警察官1人と証人1人以上の立ち会いのもとで遺言書を作成する方式です。

在船者の遺言の方式とは、船に乗っている人が、船長または事務員1人と証人2人以上の立ち会いのもとで遺言書を作成する方式です。

船舶遭難者の遺言の方式とは、船が遭難し死亡の危機に瀕している人が、2人以上の証人の立ち会いのもと口頭(*)で遺言を行い、証人がそれを筆記して署名押印し、家庭裁判所の確認を得て成立させる方式です。(*口頭が不可能な場合は通訳人を介することも可能です。)

これら3つの特別方式による遺言の場合でも、
は、それぞれ遺言書に署名押印するなどの厳格な手続きが必要です。
また、最も注意すべき点として、特別方式で遺言をした本人が無事に回復し、普通の方式(自筆証書遺言など)で遺言を作成できる状態になってから6か月間生存した場合には、これらの特別方式の遺言はすべて効力を失います(無効になります)。
つまり「生きて元気になったのであれば、改めて正式な普通方式の遺言書を書き直してください」というルールになっているのです。
やはり最善の策は、元気なうちに普通方式(公正証書遺言や自筆証書遺言など)で遺言書を作成しておくことです。
普通方式であれば、じっくりと相続税対策を練ることもできますし、家族が揉めないように「付言事項」としてご自身の想いやエピソードを丁寧に書き残すことも可能です。
(詳しくは遺言書にはメッセージを残すことも可能!その効果は計り知れないをご覧ください。)
明日何が起こるか分からない緊急時に、冷静に節税対策を考えたり、相続人間の配慮まで及んだ遺言の内容を決めるのは不可能です。
そして、「まさか自分が突然倒れるなんて」という事態は、いつ我が身に降りかかってくるか誰にも分かりません。

分からないからこそ「緊急」であり「危急」なのです。
「そろそろ来るべき時が来たから準備しよう」という都合よく相続が始まることは、ほとんどありません。
相続対策はいつから始めればいいのか?
結論としては、早いに越したことはありません。
相続がいつ発生するかは、特殊能力でもない限り、誰にも予測できないからです。

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死にかけている時の遺言について、税理士法人 都心綜合会計事務所の税理士・田中順子が解説しています。
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